検査結果を聞きに病院に戻ったのが翌週の月曜日。ちょうどホームドクターにかかってから1週間後でした。結果は外科でとのことだったので、外科外来で待っていたのですが、いつまでたってもお呼びがかからない・・・
多分2時間半位待たされたのではなかったかと。そして漸く自分の番になって診察室に入って、外科の先生の「随分待たせてすみません。そしてさらに悪いニュースもあります。」という言葉から始まったあの日、正直自分で何をどう話したのか良く覚えてません。
ある日突然予期していない病名を告げられ、それが死に直結する事もあるもので、しかも世間一般で知られている治療方法の選択肢は自分にはない、しかも人生で初めての手術、そんな諸々をその場ですっと納得して飲み込める人はそうそういないのではないでしょうか。
結局その場で思いつく限りの質問をなんとかして、それに丁寧に答えてもらい、さらに触診があり、などとやっていたので多分1時間は外科の先生とお話ししていたのではないかと思います。
患者一人一人にそんな時間を費やしていたら、そりゃ2時間半待ちにもなるわな・・・
と、こういう状況でもそんなことを冷静に考えている自分がいたりして(笑)後日、日本にいる腫瘍外科医の友人にその事を話すと「そんなに時間が取れるの?いいなぁ、オランダは。きっと取捨選択がはっきりしてるんだね。」とのこと。これはこれまでの経験上思うに、癌治療の為には患者の精神状態をきちんとフォローすべきというポリシーがあるのではないかと。そしてその為にさらに専門の女性看護師の方が私の担当になってくださいました。
その日はその担当看護師さんから手術に関する資料をもらって家に帰っただけで、正直「担当って一体何してもらうんだろ?」と思った位なんですが、何かある度にとりあえずその方に聞けばいいという状況がこんなにも有難いことなんだというのを身をもって経験するまでそう時間はかかりませんでした。 (つづく)
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ヨーロッパ生活約17年を経て先日完全帰国。
「のだめ」のような音大生したり、ばりばりのキャリアウーマンしたり、
これで死んじゃうかも!という病気したりの人生。
日々の色々をブツブツ独り言としてつぶやいています。
2011年10月5日水曜日
2011年10月4日火曜日
オランダの医療事情2
2008年、オランダの銀行でジャパンデスクヘッドというタイトルをもらって忙しくしていた頃、息抜きに休暇をとって友人たちと一緒にバリへ出かけました。そしてその南の島で休暇満喫中のある朝「これ何?」と思える兆候があったのです。
オランダに帰国してすぐ、月曜日の朝一番でホームドクターへ行って、問診&触診でホームドクターが青ざめてしまいました。肝心な私のほうは、「この歳で癌になる訳ない」というよく分からない変な自信があったので(笑)、ホームドクターにその場で「すぐに病院へ行くように」と言われても「じゃ、ちょっくら検査してもらって来ますか」位のノリでした。
前回にも書いた通り、病院の初診アポ待ち1ヶ月とかが当たり前のこの国。「どうせそれ位待たされるんでしょ」と思っていたらなんと10日後!
オランダにしてはめちゃくちゃ早いじゃん♪
と思ってたのですが、それでも「10日は長い。そんなに待たない方がいいから」って気をきかせて別の病院に電話をかけ始めたホームドクターのアシスタント。2件目の病院も同じく10日後。ダメもとで一番混雑していると思われるユトレヒト大学病院に電話してもらったら「2日後に来てください」ここからながーい治療の一歩が始まったことを考えると、全ての科がそろった大学病院の患者になった自分の強運に感謝してもしきれません。
そして2日後の水曜日、その大学病院に行ってレントゲンとエコーをとってもらいました。幸い自覚症状のあった所はやはりなんでもなかったという結果で「やっぱりね♪」と勝手に納得したのですが、その場でさらに「ちょっと気になる場所があるので、その組織をとってもうちょっと詳しく調べた方がいいですね。明日また来てください。」
翌日の木曜日、特別な機械&麻酔を使ったかなり大掛かりな検査は所要時間1時間半。今考えてみれば、そんな大変な検査は本当に『ヤバイ』ものでないとするはずがないって分かるのですが、その時はそんな事とは露知らず、のんきな私はそれでも自分の置かれている状況がそんなにヤバいとは思っていなかったのです。ですから検査後に「すぐ結果が知りたいと思うけど、申し訳ないけど週末明けるまで待ってもらって月曜日に結果を外科できいてください。」と言われた時には思わず「そんな急いでないし大丈夫ですよ。」と返事をしそうになったり・・・ そんなこんなで、周りはすでに結果を予測して先へすすんでいたにもかかわらず、私はまだホームドクターの診察からたった1週間で癌の告知をされるとはこの時点で夢にも思っていなかったのです。 (つづく)
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オランダに帰国してすぐ、月曜日の朝一番でホームドクターへ行って、問診&触診でホームドクターが青ざめてしまいました。肝心な私のほうは、「この歳で癌になる訳ない」というよく分からない変な自信があったので(笑)、ホームドクターにその場で「すぐに病院へ行くように」と言われても「じゃ、ちょっくら検査してもらって来ますか」位のノリでした。
前回にも書いた通り、病院の初診アポ待ち1ヶ月とかが当たり前のこの国。「どうせそれ位待たされるんでしょ」と思っていたらなんと10日後!
オランダにしてはめちゃくちゃ早いじゃん♪
と思ってたのですが、それでも「10日は長い。そんなに待たない方がいいから」って気をきかせて別の病院に電話をかけ始めたホームドクターのアシスタント。2件目の病院も同じく10日後。ダメもとで一番混雑していると思われるユトレヒト大学病院に電話してもらったら「2日後に来てください」ここからながーい治療の一歩が始まったことを考えると、全ての科がそろった大学病院の患者になった自分の強運に感謝してもしきれません。
そして2日後の水曜日、その大学病院に行ってレントゲンとエコーをとってもらいました。幸い自覚症状のあった所はやはりなんでもなかったという結果で「やっぱりね♪」と勝手に納得したのですが、その場でさらに「ちょっと気になる場所があるので、その組織をとってもうちょっと詳しく調べた方がいいですね。明日また来てください。」
翌日の木曜日、特別な機械&麻酔を使ったかなり大掛かりな検査は所要時間1時間半。今考えてみれば、そんな大変な検査は本当に『ヤバイ』ものでないとするはずがないって分かるのですが、その時はそんな事とは露知らず、のんきな私はそれでも自分の置かれている状況がそんなにヤバいとは思っていなかったのです。ですから検査後に「すぐ結果が知りたいと思うけど、申し訳ないけど週末明けるまで待ってもらって月曜日に結果を外科できいてください。」と言われた時には思わず「そんな急いでないし大丈夫ですよ。」と返事をしそうになったり・・・ そんなこんなで、周りはすでに結果を予測して先へすすんでいたにもかかわらず、私はまだホームドクターの診察からたった1週間で癌の告知をされるとはこの時点で夢にも思っていなかったのです。 (つづく)
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2011年10月3日月曜日
オランダの医療事情1
日本に帰国して腫瘍外科医の友人と話したり、患者さんからお話を聞いたりする度に、自分自身がラッキーにも手厚い治療をオランダで受けているということを実感しています。オランダでの医療現場が日本とどう違うのか、それらについて細かく書くと約束したので、これから時間を見て書いていきたいと思います。
まず、これまでの治療について触れる前に簡単にオランダの医療システムを説明しようと思います。オランダではホームドクター制のシステムとなっています。つまり国民はみな一人一人自分のかかりつけの医者であるホームドクターを持っています。そして体調だけでなく、鬱などの精神的なことも全てこのホームドクターへまず相談する事になります。
風邪をひいて薬をもらったり、インフルエンザ予防接種、ちょっとした湿疹の薬、中耳炎などの治療は大抵このホームドクターに数回かかれば終わりとなります。ところが、広く浅くのホームドクターの手に負えないやっかいな症状や、検査に特別な機器がいる場合は、ホームドクターの紹介で専門医にかかることになります。
専門医といえば、内科、外科、皮膚科、耳鼻咽喉科、と色々あるのは日本と同じですが、オランダの場合、専門医は大きな(総合?)病院の専門医となります。つまり、日本の街中にあるいわゆる「XX医院」というような専門医は、一部の例外を除きほとんどありません。
このようにホームドクターから送られてきた患者はみな「簡単な症状ではない」と専門医にかかるわけですから、病院の専門医はいつも混雑する事になります。そして病院側も新規の患者を受け入れすぎると既存の患者を診れなくなるので、初めての診察アポまで1ヶ月も待たされるなどということはザラにあり、その間イライラして症状と付き合いながら専門医とのアポを待つという構図が出来上がるわけです。
ということで、「病院が本当に必要な患者に必要なケアができるように、ホームドクターは簡単に患者を専門医へ送る事はやめるべきだ」という意見がある一方、「ホームドクターは詳しくこの分野の事を知っているわけではないから早く専門医に診てもらいたい」という患者の意見もあり、この辺はオランダの社会問題でもあるわけです。
ということで、私自身もオランダに来てからなかなか専門医に診てもらえない、という経験を何度もしていた為、「ヤバい病気になったら専門医に診てもらえる頃には死んじゃってるんじゃない?」とよく冗談にしていた位です。ところが、自分が本当に『ヤバい病気』になった時に、この認識はとんでもない間違いである、ということに気づいたのでした。 (つづく)
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まず、これまでの治療について触れる前に簡単にオランダの医療システムを説明しようと思います。オランダではホームドクター制のシステムとなっています。つまり国民はみな一人一人自分のかかりつけの医者であるホームドクターを持っています。そして体調だけでなく、鬱などの精神的なことも全てこのホームドクターへまず相談する事になります。
風邪をひいて薬をもらったり、インフルエンザ予防接種、ちょっとした湿疹の薬、中耳炎などの治療は大抵このホームドクターに数回かかれば終わりとなります。ところが、広く浅くのホームドクターの手に負えないやっかいな症状や、検査に特別な機器がいる場合は、ホームドクターの紹介で専門医にかかることになります。
専門医といえば、内科、外科、皮膚科、耳鼻咽喉科、と色々あるのは日本と同じですが、オランダの場合、専門医は大きな(総合?)病院の専門医となります。つまり、日本の街中にあるいわゆる「XX医院」というような専門医は、一部の例外を除きほとんどありません。
このようにホームドクターから送られてきた患者はみな「簡単な症状ではない」と専門医にかかるわけですから、病院の専門医はいつも混雑する事になります。そして病院側も新規の患者を受け入れすぎると既存の患者を診れなくなるので、初めての診察アポまで1ヶ月も待たされるなどということはザラにあり、その間イライラして症状と付き合いながら専門医とのアポを待つという構図が出来上がるわけです。
ということで、「病院が本当に必要な患者に必要なケアができるように、ホームドクターは簡単に患者を専門医へ送る事はやめるべきだ」という意見がある一方、「ホームドクターは詳しくこの分野の事を知っているわけではないから早く専門医に診てもらいたい」という患者の意見もあり、この辺はオランダの社会問題でもあるわけです。
ということで、私自身もオランダに来てからなかなか専門医に診てもらえない、という経験を何度もしていた為、「ヤバい病気になったら専門医に診てもらえる頃には死んじゃってるんじゃない?」とよく冗談にしていた位です。ところが、自分が本当に『ヤバい病気』になった時に、この認識はとんでもない間違いである、ということに気づいたのでした。 (つづく)
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2011年9月7日水曜日
8月10日はつかいち文化ホールさくらぴあ
ちょっと話が前後してしまうので、コンサートツアーの話はもういいかな?とも思ったのですが、せっかくなので記録代わりにやっぱり時間がかかっても書いておこうかなと。
ということで、まだしばらくの間ツアーの話にお付き合いください。
広島は実家があるので、元々コンサートをする予定でした。地元の知り合いにコンサートへ来てもらえたらと思っていたので、広島市内にあるホールではなく、実家のすぐ近くにあるホールのさくらぴあをあえてとりました。といっても、私が住んでいた頃にはまだなかったホールなので全然知らなかったのですけど。
当日の昼に練習がてらステージに上がってピアノに触ってびっくり!音響がいいし、ピアノもいいし、とにかく『弾きやすい』ホール♪「こんなに弾きやすいホールって珍しいわ」と正直思った位!このようなホールが自分の地元にあるというのはなんだか誇らしい限りです。また機会があれば、是非行って弾いてみたいですね。
両親が、ありとあらゆるツテを使ってすでにチケットをかなり捌いてくれていたこと、地元で色んな方にご協力頂いた事もあって当日までにかなりチケットが売れていました。さらに、当日の中国新聞の朝刊や、地元ラジオにコンサートのことを取り上げて頂いたこともあって、そこからも集客があったようです。ということで、この日はほぼ満席となりました。ありがたい話です。
コンサートには地元市長さん、前国会議員さんにお越し頂いて、ご挨拶も頂けて、なんだかものすごいことになってました。市長さんに会うのに開演直前ホールへ足を踏み入れたら、その周りほとんどが知り合い。地元でこんなにサポートして頂けたんだ、というのを目の当たりにして本当に嬉しく思いました。
市長さんはコンサート後にわざわざステージ裏まで来てくださり、「はよぉ、家に帰ろう思うとったんじゃが、面白うて最後まで聞いてしもうた」とのこと。途中で帰られるのかな?と思っていたので嬉しいサプライズでした。ということで、市長さんと記念撮影♪
さらに「今日の朝刊見てきました」とおっしゃる癌患者さんも。同じく乳癌を患われ、私と同じくらいか若い位の女性。「3000円は高いなぁと初めは思ったんですけど、思い切ってきました。でも来てみたら3000円は安かったです。本当にたくさん元気と勇気をもらえました。ありがとうございます。」との言葉。自分が元気な姿を見せることで、色んな方に元気になってもらえることは本当に素敵なことだなぁと思えた瞬間です。
色んな知り合いに来てもらえて、すごい久々だった方もいらっしゃったのに、一人一人とゆっくり言葉を交わす時間がなかったのが本当に心残りです。プレゼントやお花だけもらって、翌日には大阪というスケジュールで、電話を入れる暇もなかったんですよね、すみません。。。
ただ、この日が盛況だったお陰で、義援金の大部分がここから出せたことになります。ご協力頂いた皆様、本当にありがとうございました。m(_ _)m
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ということで、まだしばらくの間ツアーの話にお付き合いください。
広島は実家があるので、元々コンサートをする予定でした。地元の知り合いにコンサートへ来てもらえたらと思っていたので、広島市内にあるホールではなく、実家のすぐ近くにあるホールのさくらぴあをあえてとりました。といっても、私が住んでいた頃にはまだなかったホールなので全然知らなかったのですけど。
当日の昼に練習がてらステージに上がってピアノに触ってびっくり!音響がいいし、ピアノもいいし、とにかく『弾きやすい』ホール♪「こんなに弾きやすいホールって珍しいわ」と正直思った位!このようなホールが自分の地元にあるというのはなんだか誇らしい限りです。また機会があれば、是非行って弾いてみたいですね。
両親が、ありとあらゆるツテを使ってすでにチケットをかなり捌いてくれていたこと、地元で色んな方にご協力頂いた事もあって当日までにかなりチケットが売れていました。さらに、当日の中国新聞の朝刊や、地元ラジオにコンサートのことを取り上げて頂いたこともあって、そこからも集客があったようです。ということで、この日はほぼ満席となりました。ありがたい話です。
コンサートには地元市長さん、前国会議員さんにお越し頂いて、ご挨拶も頂けて、なんだかものすごいことになってました。市長さんに会うのに開演直前ホールへ足を踏み入れたら、その周りほとんどが知り合い。地元でこんなにサポートして頂けたんだ、というのを目の当たりにして本当に嬉しく思いました。
市長さんはコンサート後にわざわざステージ裏まで来てくださり、「はよぉ、家に帰ろう思うとったんじゃが、面白うて最後まで聞いてしもうた」とのこと。途中で帰られるのかな?と思っていたので嬉しいサプライズでした。ということで、市長さんと記念撮影♪
さらに「今日の朝刊見てきました」とおっしゃる癌患者さんも。同じく乳癌を患われ、私と同じくらいか若い位の女性。「3000円は高いなぁと初めは思ったんですけど、思い切ってきました。でも来てみたら3000円は安かったです。本当にたくさん元気と勇気をもらえました。ありがとうございます。」との言葉。自分が元気な姿を見せることで、色んな方に元気になってもらえることは本当に素敵なことだなぁと思えた瞬間です。
色んな知り合いに来てもらえて、すごい久々だった方もいらっしゃったのに、一人一人とゆっくり言葉を交わす時間がなかったのが本当に心残りです。プレゼントやお花だけもらって、翌日には大阪というスケジュールで、電話を入れる暇もなかったんですよね、すみません。。。
ただ、この日が盛況だったお陰で、義援金の大部分がここから出せたことになります。ご協力頂いた皆様、本当にありがとうございました。m(_ _)m
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2011年9月2日金曜日
耳鼻咽喉科 9月1日
実は、日本に行く直前からいきなり声がでなくなってました。でも別に風邪をひいたとかそういうのではなく、声が出ないだけ。
とにかくツアー準備に追われて、毎日色んな人と電話やスカイプで喋りまくっていたので、そのせいかな?と。そして日本に着いてからも、毎日色んな人に会ってはしゃべるということを繰り返していたので、声を休める暇があるはずもなく、ガラガラ声のまま怒涛のようなスケジュールをこなし、気が付いたらそのままオランダへ帰国。
忙しかったストレスとしゃべりすぎだから、ゆっくりすればそのうち声、戻ってくるでしょ♪
位の軽い気持ちでいたのですが、1週間たっても戻ってこないとやっぱり不安になる。というのも、父親の喉頭癌は「風邪ひいてるわけでもないのに声だけ出ない」という症状でみつかったこと。
「まさかね・・・?」とか思いながらも、やっぱり元癌患者として「転移」とか「再発」とかのリスクと隣り合わせなのは自覚済み。悶々としていても仕方ないのでかかりつけのホームドクターへかかったのが先週。
「のどに異常はないし、声帯に何かある可能性もあるから念の為、耳鼻咽喉科へ行っておいで」ということで、結局いつも通っている大学病院送りとなり、今日行ってきました。
結論から言うと「声帯には異常なし」
ほっ♡
胃酸が上がってきてるわけでなければ、声の酷使によるもの。ということで、医者に言い渡されたのが「おしゃべり禁止」
とまあ、何でもないということで落ち着いて一件落着なのですが、自分では考えないようにしていてもやはり頭の隅に「喉頭癌」というのが思った以上に鎮座していたらしく、病院から戻ってきたら気が抜けてフヌケ状態・・・
やっぱり癌治療の大変さを身をもってここ数年経験しているだけに、「またさらに治療を繰り返すとなるとえらいこっちゃ」と潜在意識で思っていたんでしょうかね。頭の中では「悪い結果は出てから考えればいいや」と思っていても、やっぱり再発の恐怖を気づかないうちに抱え込んでいたわけで。
私もまだまだひよっこだなぁ・・・
と思った日でありました。
で、どーでもいいんですが、声を戻すための医者の処方箋である「おしゃべり禁止令」。
これって人の3倍はしゃべってる私にとって薬を飲むより大変じゃない???
と思うのは私の気のせいでしょうか?
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とにかくツアー準備に追われて、毎日色んな人と電話やスカイプで喋りまくっていたので、そのせいかな?と。そして日本に着いてからも、毎日色んな人に会ってはしゃべるということを繰り返していたので、声を休める暇があるはずもなく、ガラガラ声のまま怒涛のようなスケジュールをこなし、気が付いたらそのままオランダへ帰国。
忙しかったストレスとしゃべりすぎだから、ゆっくりすればそのうち声、戻ってくるでしょ♪
位の軽い気持ちでいたのですが、1週間たっても戻ってこないとやっぱり不安になる。というのも、父親の喉頭癌は「風邪ひいてるわけでもないのに声だけ出ない」という症状でみつかったこと。
「まさかね・・・?」とか思いながらも、やっぱり元癌患者として「転移」とか「再発」とかのリスクと隣り合わせなのは自覚済み。悶々としていても仕方ないのでかかりつけのホームドクターへかかったのが先週。
「のどに異常はないし、声帯に何かある可能性もあるから念の為、耳鼻咽喉科へ行っておいで」ということで、結局いつも通っている大学病院送りとなり、今日行ってきました。
結論から言うと「声帯には異常なし」
ほっ♡
胃酸が上がってきてるわけでなければ、声の酷使によるもの。ということで、医者に言い渡されたのが「おしゃべり禁止」
とまあ、何でもないということで落ち着いて一件落着なのですが、自分では考えないようにしていてもやはり頭の隅に「喉頭癌」というのが思った以上に鎮座していたらしく、病院から戻ってきたら気が抜けてフヌケ状態・・・
やっぱり癌治療の大変さを身をもってここ数年経験しているだけに、「またさらに治療を繰り返すとなるとえらいこっちゃ」と潜在意識で思っていたんでしょうかね。頭の中では「悪い結果は出てから考えればいいや」と思っていても、やっぱり再発の恐怖を気づかないうちに抱え込んでいたわけで。
私もまだまだひよっこだなぁ・・・
と思った日でありました。
で、どーでもいいんですが、声を戻すための医者の処方箋である「おしゃべり禁止令」。
これって人の3倍はしゃべってる私にとって薬を飲むより大変じゃない???
と思うのは私の気のせいでしょうか?
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2011年8月24日水曜日
8月8日多摩南部地域病院
この病院はヴァイオリニスト小川朝子さんのご実家からすぐ近くにあります。彼女のお父様がお世話になられたということから、ここでのコンサートをアレンジして頂きました。
今回のツアーで震災支援は勿論ですが、闘病中の方にもエールを送りたかったというのが私の中にもあり、あえて自分の病気のことを公表して臨みました。そういう意味でも病院でのコンサートは私にとって一番やりたかったことの一つ。この日のトーク&選曲は小川さんにお任せで、病院に伺いました。
入り口すぐの所に大きな受付があり、吹き抜けの空間はホールのよう。そこにグランドピアノが置いてあり、よく院内コンサートをされているというのに納得!外来の受付が終わる頃(?)に音出しをしてよいとのことだったので、ピアノを触らせてもらうと本当によく響く♪ ということで、かなり弾きやすい環境下でのコンサートとなりました。
曲の合間のトークにはご病気をされた小川さんのお父様のお話、そして私の話。ツアーに出る4日前に最後の形成治療を受けて、実は傷口に大きなパッチをつけたままの帰国だったことなどを始め、予期してなかった小川さんからの質問にタジタジになる場面もあり・・・(笑)
そういう私の患者としての本当の姿をさらけ出した上での演奏に何かを感じて頂けることがあったようで、コンサート後にわざわざ私の所へいらっしゃった患者さんが両手で握手をしながら一言。
元気をもらいました
コンサートツアーの企画、アレンジ、準備をしながら、演奏も、というハードスケジュールの疲れも一気に吹き飛ぶ嬉しい言葉となりました。長い闘病がどんなに大変か自分で知っているだけに、少しでもその元気のもとになれたというのが分かって、「うん、救われた自分の命、無駄になってないよな」と思えた瞬間でした。
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今回のツアーで震災支援は勿論ですが、闘病中の方にもエールを送りたかったというのが私の中にもあり、あえて自分の病気のことを公表して臨みました。そういう意味でも病院でのコンサートは私にとって一番やりたかったことの一つ。この日のトーク&選曲は小川さんにお任せで、病院に伺いました。
入り口すぐの所に大きな受付があり、吹き抜けの空間はホールのよう。そこにグランドピアノが置いてあり、よく院内コンサートをされているというのに納得!外来の受付が終わる頃(?)に音出しをしてよいとのことだったので、ピアノを触らせてもらうと本当によく響く♪ ということで、かなり弾きやすい環境下でのコンサートとなりました。
曲の合間のトークにはご病気をされた小川さんのお父様のお話、そして私の話。ツアーに出る4日前に最後の形成治療を受けて、実は傷口に大きなパッチをつけたままの帰国だったことなどを始め、予期してなかった小川さんからの質問にタジタジになる場面もあり・・・(笑)
元気をもらいました
コンサートツアーの企画、アレンジ、準備をしながら、演奏も、というハードスケジュールの疲れも一気に吹き飛ぶ嬉しい言葉となりました。長い闘病がどんなに大変か自分で知っているだけに、少しでもその元気のもとになれたというのが分かって、「うん、救われた自分の命、無駄になってないよな」と思えた瞬間でした。
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2011年8月22日月曜日
8月7日文京シビック
ツアー2回目のコンサートとなるのが文京シビックの小ホールでした。このホールにするまで紆余曲折あったのですが、震災支援ならということで使用料を安くしてもらえたんですね。これは音楽事務所が全日借りていらっしゃったということもあるのですが。で、同じ経費を払うなら箱が大きい方が義援金も集まるよね?という理由でこのホールにしました・・・が!
いやはや300人弱入るホールを埋めるって並大抵ではないんですよねぇ。分かってたことでしたけど。しかも準備期間がめちゃくちゃ短かったし!それで知ってる限り色んな方にご協力頂いて集客をするっていう作業を実はコンサートの直前までやってました(汗)そこには色んなストーリーがあって、ここには書けない事もたくさんありましたが、それでも趣旨に賛同して本当にたくさんの方にサポートして頂けたおかげで、かなり会場はお客様で埋まっていました。ということで、これを読んでらっしゃる方の中にも、睡眠時間を削ってお手伝いしてくださった方もいらっしゃると思います。本当にありがとうございました<(_ _)>
コンサート始まるまでどの位人が入っているのか全く想像つかない状況で開演。ステージ裏のドアを開けてもらってステージに踏み出した瞬間に思ったのは
よかったぁ~~~
ガラガラじゃない!!!
一体どういう緊張感でコンサートに臨んでるんだ?って感じですが(爆)
ということで、普通にお辞儀して弾き始めた第1曲目。なんとなく普通のクラシックコンサート風だったのはここまで。ここからはじゃんじゃん曲の合間にトークを入れちゃいました。(演奏中の写真は来てくださった方からの提供)
これはこれまでの経験でそっちのほうが聞き手にとってもいいし、そうなると弾き手も弾きやすいというのが理由。あと今回は震災支援と言うこともあって、普段クラシックを聞いてらっしゃらない方もたくさんお見えになっているに違いないということもありました。そうすると解説や聞き所が予め分かっていると入りやすいですからね。ま、コンサート後に会った同級生には「あのトークの慣れ具合から色んな経験したんだなぁって思ったよ」と言われてしまいましたが(笑)
ということで、コンサートは無事終了。趣旨に賛同してくださった多くの方には喜んで帰って頂けたようでほっとしています。そして始めは「チケットが高い」という声もじゃんじゃん聞こえていましたが、そのチケットをご購入頂いた上にさらに義援金箱にお金を入れて行かれた方や、知り合いに声をかけて義援金を集めていらっしゃった方もあってその集まった額にびっくりしました。
ただここにはさらに追加ストーリーがあって、この日、音楽評論家とか音楽雑誌の記者とかも来ていらしたそうです。で、その批評が「バイオリンはいいけどピアノはダメ」ってことだったらしく、相当な酷評がこれから載るそうです。やれやれ!
お金とってコンサートしてプロの土俵に乗るならそれなりのレベルを要求されるのは当然私も承知済み。手術5回&抗癌剤の後遺症&ホルモン療法の副作用諸々を考えても、今の私にできる精一杯はここまで。自覚していることで、自分でもどうしようもないことに、傷口に塩を塗りこむようなことをされると正直やっぱり凹みます。それでも、病気で苦しんでいる人や、被災者の為に元気をあげたかったという気持ちが一部の方には伝わらなかったというのはとても残念でした。ま、それ以上に得るものがあったツアーでしたので、私的にはいいのですが、一緒に組んだバイオリニストの小川さんにはちょっと申し訳なかったなぁと思います。
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いやはや300人弱入るホールを埋めるって並大抵ではないんですよねぇ。分かってたことでしたけど。しかも準備期間がめちゃくちゃ短かったし!それで知ってる限り色んな方にご協力頂いて集客をするっていう作業を実はコンサートの直前までやってました(汗)そこには色んなストーリーがあって、ここには書けない事もたくさんありましたが、それでも趣旨に賛同して本当にたくさんの方にサポートして頂けたおかげで、かなり会場はお客様で埋まっていました。ということで、これを読んでらっしゃる方の中にも、睡眠時間を削ってお手伝いしてくださった方もいらっしゃると思います。本当にありがとうございました<(_ _)>
コンサート始まるまでどの位人が入っているのか全く想像つかない状況で開演。ステージ裏のドアを開けてもらってステージに踏み出した瞬間に思ったのは
よかったぁ~~~
ガラガラじゃない!!!
一体どういう緊張感でコンサートに臨んでるんだ?って感じですが(爆)
ということで、普通にお辞儀して弾き始めた第1曲目。なんとなく普通のクラシックコンサート風だったのはここまで。ここからはじゃんじゃん曲の合間にトークを入れちゃいました。(演奏中の写真は来てくださった方からの提供)
これはこれまでの経験でそっちのほうが聞き手にとってもいいし、そうなると弾き手も弾きやすいというのが理由。あと今回は震災支援と言うこともあって、普段クラシックを聞いてらっしゃらない方もたくさんお見えになっているに違いないということもありました。そうすると解説や聞き所が予め分かっていると入りやすいですからね。ま、コンサート後に会った同級生には「あのトークの慣れ具合から色んな経験したんだなぁって思ったよ」と言われてしまいましたが(笑)
ということで、コンサートは無事終了。趣旨に賛同してくださった多くの方には喜んで帰って頂けたようでほっとしています。そして始めは「チケットが高い」という声もじゃんじゃん聞こえていましたが、そのチケットをご購入頂いた上にさらに義援金箱にお金を入れて行かれた方や、知り合いに声をかけて義援金を集めていらっしゃった方もあってその集まった額にびっくりしました。
ただここにはさらに追加ストーリーがあって、この日、音楽評論家とか音楽雑誌の記者とかも来ていらしたそうです。で、その批評が「バイオリンはいいけどピアノはダメ」ってことだったらしく、相当な酷評がこれから載るそうです。やれやれ!
お金とってコンサートしてプロの土俵に乗るならそれなりのレベルを要求されるのは当然私も承知済み。手術5回&抗癌剤の後遺症&ホルモン療法の副作用諸々を考えても、今の私にできる精一杯はここまで。自覚していることで、自分でもどうしようもないことに、傷口に塩を塗りこむようなことをされると正直やっぱり凹みます。それでも、病気で苦しんでいる人や、被災者の為に元気をあげたかったという気持ちが一部の方には伝わらなかったというのはとても残念でした。ま、それ以上に得るものがあったツアーでしたので、私的にはいいのですが、一緒に組んだバイオリニストの小川さんにはちょっと申し訳なかったなぁと思います。
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